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2009年01月27日 『ラブホテル進化論』

『ラブホテル進化論』
『ラブホテル進化論』──金益見という現役女子大学院生によるラブホテル研究です。この本は出版されてからすぐに各種の雑誌、ネット上においても結構な話題を呼びましたから、ある程度人口に膾炙しているのではないでしょうか。ラブホテルという概して公の場では語られ難いイメージをもつモノを題材としたという点で、また今日においては至る場所に存在しているにも関わらず、これまでほとんど研究されてこなかったモノを扱ったという点で、本書は一定の意義があるものではないかと思います。


著者は「はじめに」の最後に次のように記しています。


ラブホテルは、決して日陰の存在ではなく、堂々たる日本の文化である。
私は本書でそれを実証したいと思っている。


確かに今やラブホテルは「決して日陰の存在ではなく」なっているともいえます。“ラブホ”へ行くコトに後ろめたさや何らかの罪悪感に似たモノを抱くヒトは、年々減少してきているのではないでしょうか。本書ではそうしたわれわれの「日常」としてのラブホテルについて、ソレが成立した過程から現在に至るまでの変遷を、主としてホテルの経営に携わってきた人物、あるいはデザインしたりアイデアを出してきた人物の発言を基に組み立てていくという作業がなされています。ラブホテルにあるアイテムがナゼあのようであるのか、ラブホテルを作るときにはどのような配慮がされているのか、経営者はどのような狙いをもっているのか、利用者はどのようなヒトたちで、彼らは何を目的としているのか。あるいは利用者のニーズに対するラブホテル経営者の在り方、ビジネスホテルやシティホテルとラブホテルの相関関係及び前者に影響を受ける後者といった事柄について、入念な取材を基にラブホテルというモノの実態へと迫っていこうとしたのが本書です。
前述しましたように、このテーマに関するまともな先行研究はおそらく皆無に等しい状況であろうと思われます。それ故に本書が明らかにするラブホテルの内実及びソレに関与する人物の見解は、読み手にとって新鮮なモノとして受け取られるのではないでしょうか。一種の新境地開拓、とまで言ってしまうと大仰な印象を与えかねませんが、ラブホテルというモノが学問的な素材としては近くて遠いモノであるコトを考慮すれば、そしてその特殊性故に取材するコトへの戸惑いもフツウならば生じてくるコトを考えれば、本書に含まれる価値は決して少なくないはずです。著者の如く「堂々たる日本の文化」とまで言い切るコトのできるヒトでない限り、ココまでの情報収集はできないでしょう。私は、著者が今後如何なるコトをするのかについては存じ上げませんけれども、もしも研究者としてこのテーマをより深化(進化)させるコトができるようであれば、“日本人”というものを考える上での新たな視点の提示へと結びつくのではないか、とも感じているのです。ただし──ソレはとてつもなく大変な事業であるという点については、今更申し上げる必要もないでしょうが。


本書についての難点を敢えてあげるとすれば、その豊富な取材の後は十二分に窺えるものの、記述に当たって関係者の発言の引用が長過ぎるコト。ソコを頼りにして著者自身の分析、検討があればもっと広がりをみせるコトができたのではないかと思います。またラブホテルを経営したり作ったりするヒトの意見にやや偏り過ぎているきらいもあり、エンドユーザーの側からの視点が不足しているという点もあげられます。だから著者がどれほど「堂々たる日本の文化である」とまで言い切っても、その点に関する説得力が出てこない可能性もあるのです。ソコを利用する人々の生の声が検討対象に加わってこそ、ラブホテルが「堂々たる日本の文化」のなかに位置を占めているコトがより明瞭になるのではないだろうか──そう思うのです。尤もソレは多分にナイーブなモノであって、例えばホテルから出てきたカップルに「どうでしたか?」と聞くワケにもいかず、なかなか難しいトコロなのかもしれませんけれども… そして最後に、ラブホテルを「日本の文化」として定位させようとするのであれば、日本人の性愛というものの独自性に関して、より突っ込んだ研究が求められるコトになるでしょう。それは諸外国の性の文化や性に対する人々の思想と日本(人)のソレを比較研究する作業を通じて浮かび上がってくるように思われます。(ただし、本書が<新書>という形式であるコトを思えば、そこまで立ち入った内容を求めるのは的外れなのかもしれませんが)。そしてこのように考えていけば、依然としてソコには追求されるべき問題の多いコトが推察され、俄然として活気を呈してゆくような気配があるではないか!
著者によって今後もこの分野に関するよりいっそう深く、味わいのある研究がなされるコトを期待して、この文章の結びとさせて頂きたいと思います。どうやらラブホテル研究にはまだまだ可能性が残されているようです。

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