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2008年12月03日 田舎の頃

暖冬です。今日、暖かいモノに接してみれば、汗をかいてしまいました。ジンワリとではありません。額から流れる汗です。12月にココまで汗をかいたコトはありません。流れ方が全盛期のラモス瑠偉みたいだったのですが、髪型は違いました。今はショートヘアーがちょっと伸びたレベルで、到底ラモスにはなれない… ああ、現実は残酷だ。
ラモス瑠偉といえば「Jリーグカレー」であるコトは十中八九疑い得ません。私が知っている限りで最も不味いインスタントカレーでした。二回食べて二回とも半分以上残して捨てました。小学生の頃のおハナシ。Jリーグチップスにはカードが、Jリーグアイスにはキラキラのステッカーが付いていました。チップスもアイスもよく買いました。サッカーになんて何の興味もなかったのに、シールやカードはナゼか欲しかった。柱谷や長谷川健太や高木琢也のカードが良かったらしい。「良かったらしい」というのは、私はサッカー選手に詳しくないのだけど、当時(小学4〜5年生くらいの頃だったはず)のクラスメートがそういう選手のカードがイイらしいというコトを吹聴していたので、ついつい真に受けてしまっただけなんです。
「ドーハの悲劇」は見ていません。寝ていた。夜も遅くなり果てていましたから。翌日、試合を見ていた母親からその模様を聞かされたのだけど、事情が全く分かりませんでした。まずワールドカップが何なのか分からない、知らないという状態でした。
あの頃は良かったのでしょうか。分かりません。オウム真理教が取り沙汰される直前くらいの時期です。ルーズソックスやPHSや「チョベリバ」はその二年後くらいだったと思います。私は四国の田舎町の生まれで、小六の時に修学旅行で広島へ行ったのですが、ソコで始めてルーズソックスなるモノに邂逅しました。カルチャーショックを受けました。文明開化です。「ダルダルの靴下をたたいてみれば、文明開化の音がする」 思わず私はそう言ってしまいました。
果たして依然としてルーズソックスなんてモノは存在しているのかしらん? 私が高校生の時分は頑としてありました。私のような田舎の公立高校生にとってはルーズソックスなどというモノは無縁でしたから、非常に他人事として、「ああいうのは落ちぶれた私立の高校に行く奴しかやってないんじゃないか?」などと内輪で話し合ったモノですが、真実はもう分かりません。しかしみっともないないのは、そういったモノとは無縁の田舎の女子高生が普通のソックスをちょっとユルくしてソレっぽく見せている姿です。ああいうのを見て私などはよく嗤ったモノです。ソレは文明開化ではなく野蛮化現象の一種です。単にゴムが伸びて古くなった靴下に過ぎません。
だから都会の高校生は自分と同い年でも皆怖いと思っていた。誰も彼もが「東京生まれ ヒップホップ育ち」みたいなコトを言っていると思っていた。漱石の『坊ちゃん』を読んで田舎をバカにしてみたり、藤村操になりきって「ホレーショの哲學竟に何等のオーソリチィーを價するものぞ」などと呟いてみたり、街中でブレイクダンスをしてみたり、手当たり次第ナンパをしてみたり。私たち田舎の高校生は宮沢賢治のユートピアに共感し、多少ムリしてワケも分からず村上春樹に手を出してみたり、運動会でやるフォークダンス以外に踊る機会はなくて、ナンパというよりは相槌で・・・都会のヒトなら「オーエル」と聞けばOLとジョージ・オーウェルを同時に連想するのに、田舎のヒトたちは大洋ホエールズしか連想できなくて・・・
都会モンはシニカルじゃ。

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