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2007年09月29日 「あらうか」で良いであろうか?

「あらうか」と書きたいのだ。「あろうか」ではなく、「あらうか」と書きたいのである。その方がしっくりくるからだ。歴史的仮名遣を愛用したいワケではない。この「あらうか」に限ったハナシである。


なぜそう感じるかは、自分自身でも分からない。ただ、ほぼ直感的に「あろうか」よりも「あらうか」と書いた方が、私の中で締りが良いというだけである。
「ちょうちょう(蝶々)」を「てふてふ」などと書きたいと思ったコトは一度も無い。しかし、「あろうか」に関しては、どうも納得できないトコロがあるのだ。
「彼はホモであろうか」と書かれているよりも「彼はホモであらうか」と書かれている方が、すんなり入ってくるのである。読みはモチロン「あろうか」なのだが、それを文字にした場合、私は断然「あらうか」となっていて欲しいのである。「あろうか」よりも「あらうか」と書かれている方が読み易いというのも大きな理由であるが、なぜそう感じるかはどうしても判然としない。


だから、私は文章を書く際に、「あろうか」となる文面に至った場合、ついつい「あらうか」と書きたくなる衝動を抑え、無理して「あろうか」と書いているのだ。なぜならば、それまで現代仮名遣で記してきた文面の中に突如として「あらうか」などという言葉が登場してくるのは、あまりに不自然だからである。
繰り返すが「あろうか」に関してのみ、私は「あらうか」と書きたくなる。
理由はやはり分からない。しかし、無理してその由を探す必要などあらうか。長年異国の地に住み、そこの生活に慣れた頃に、ふと母国の文化を懐かしく思うことは珍しくなかろう。そのように、私の中に流れる血が、かつての仮名遣に対して何かしらの共鳴を示しているコトの表れと考えることもできるのではなかろうか。それとも、斯様なイメージはあまりにファンタジックであらうか。その判断は各々に委ねたい。

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