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2007年08月19日 「行かない」

母親から久しぶりにメールが届いた。何事かと思ったが、なんのことはない。高三の同窓会が年末に行われることになり、その参加意志確認が往復書簡で実家に届いている。返答をしなければならないから、意志を教えてくれ、と。
そういうワケなので、メールを見た瞬間に「行かない」と送り返した。あれほどスムーズにケータイメールを返信した記憶は無い。まったく反射神経とは恐ろしい。
何一つとして(と言っても良いくらい)イイ思い出の無い高校生活。その同窓会なんてもはや罰ゲームである。そうした意識が私に「行かない」という四文字を打たせた。あまりに早く、あまりに手際良く。
ただ、担任のセンセイは良かった。こんな私のようなモノを非常に気にかけて頂いた。思い出せば申し訳ないような気もするが、あるいは、こんな私だからこそ気にかけねばならなかったのかもしれぬ。この場を借りて・・Nセンセイありがとうね。どうしても下の名前が思い出せないけど。そして同窓会には行きませんが。


しかしながら、幹事を務める連中も私が来ないことは自明だろう。というか、行っても私の入る空間がそこにあるだろうか。クラスに全然溶け込んでいなかったからねぇ。お昼休みなど自分の教室で過ごした記憶が無い。陰では「あんなヤツ」扱いされていたかもしれん。クラスメートともそれほど交流が無かったし。だから「行かない」んだ。
卒業前に作ったクラスの文集、そこにひとりひとりへの寄せ書きがあったが、私のトコロには「謎」とか「不思議な人でした」とか「よくわからないキャラだったね」などの書き込みが複数あったのは容赦無い現実。仮に私が犯罪を犯して、ワイドショーに文集が流れれば、間違いなく危険人物として報道される。「○○容疑者を知る同級生」というヤツがモザイク付きで出て来て、「何を考えてるか分からない人でぇ〜」とか「ちょっと変わってる人でしたね」などと受け答えする様子が思い浮かぶなぁ。いけない、いけない。どうしてもいけない。文集の流出だけは避けたい。犯罪は避けられぬかもしれんが。


だけど、教師受けは良かった。おそらく小六の担任以外には「真面目な生徒」という印象を持たれていたはず(小六の事情については割愛)。前述のNセンセイは、上記の文集の寄せ書きに「地道な努力を絶やさない、真面目で尊敬できる人です」といったような、およそ教師が生徒に対するとは思えない一言を私に与えてくれた。その寄せ書きの中で唯一「尊敬」の一語が用いられていたのが、こんな私に対するメッセージだったのだから、非常にくすぐったいような気持ちになる。センセイ、そりゃあ過大評価かもしれやせんゼ。でも、自分で言うのもなんだけど、「地道な努力を絶やさない、真面目」な印象を持たれていたのは確かだろう。なぜならば…表面だけは巧みに取り繕っているから。そうやって年長者に巧く接することのできるのが自分の強み、だと勘違いしている。


まぁ、どーでもいーんだけど、とりあえず年末は「行かない」。今日はたった四文字のコトで結構長く書けたから、ちょっとだけ満足。

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