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2007年01月18日 ある断面

一下級将校の見た帝国陸軍山本七平著『一下級将校の見た帝国陸軍』


書名の通り下級将校という立場から帝国陸軍の実相を伝えた本。
本書中の中で幾度となく指摘されているのは、いかに帝国陸軍という組織が制度的に矛盾に満ち、虚構に支配されていたかということ。
そこは気魄に溢れ、攻撃精神旺盛な者が支配する世界で、真っ当な「言葉」による秩序は実質的に存在しなかったのだという。当然、合理的な判断や指導ができる体制ではなかった。更には制度上の最高責任者が、実は骨抜きにされた状態にあり、それに代わって支配権を握ったのは、例えば辻政信のような「言って言って言いまくるという形の“気魄誇示”の演技屋」であったとする。
“気魄誇示”を忘れない参謀クラスは、ついに最後まで精神主義というものから脱却することのできなかった帝国陸軍においては、いつしか上官の信頼を無条件で勝ち得ていた。そして彼らの気魄が上からの統制を超える域にまで達した時、「実力者参謀が本当の『発令者』で司令官はその命令文の『代読者』にすぎぬ」という事態に陥ったのである。それは「指揮官が参謀の方に心理的に依存し切ってしまう『上依存下』」という状態、つまり「帝国陸軍とは『下克上の世界』だったとよく言われるが、われわれ内部のものが見ていると、『下が上を克する』というより、『上が下に依存』する世界」であったと一下級将校であった著者をして語らしめるまでに至っていたのである。


本書のおいて端的に指摘される帝国陸軍という組織の欠陥、これらは著者の思想として語られたものというより、むしろ現場に身を置いた当事者としての視点、ありのままの描写である。氏が指摘する数々の帝国陸軍の虚構は、現実にあった事柄を汲み取って書かれている分、明確だ。
昨今、やたらと目にする「ウヨク」や「サヨク」という視点を超えた所にある、歴史の正直な一面。


山本氏の数々の証言は、次代の者が克服せねばならぬものは依然として眼前に横たわっていることを告げる警鐘としての役目も負っているであろう。
歴史を歴史として終わらせるのではなく、次代の者がそれを更に次の世代へと、最も相応しい形に変換して受け継いでいくことが重要なのである。氏が遺した記録は、その一助となるべきものに他ならない。学ばなければならないことが、明確な形で記されている一冊である。

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