2006年12月08日 12/8(“おわり”は“はじまり”)
十二月八日。
それは三つの重大な出来事があった日だ。
まず1941年(昭和16年)の真珠湾攻撃。
すなわち大東亜戦争のはじまり。
次に1980年のジョン・レノン暗殺。
そして1991年のソビエト連邦解体宣言。
いずれもある象徴の終わりを暗示している。もっとも真珠湾攻撃は終わりへのスタートであるが。
これほど印象的な日はない。
しかし私の場合、それらを歴史的事実として認識しているだけで、いずれもリアルタイムで知ったわけではない。
1991年のソビエト連邦解体宣言の時に、私はまだ6歳、アホな小学1年生だったから、そういうものが出されたということなどは知る由もなかった。そもそもこの宣言自体は今でもあまり有名ではないようだ。だが、ソ連という一つの体制の終焉を伝えるものとして、非常に意義あるものだと思う。
上記の3つの出来事とは何だろう。それらの歴史的事象を、自らの運命の中において相対化し、普遍的で有意義なものとして捉えることは不可能だろうか。つまり真珠湾攻撃という事件によって「大日本帝国」が崩壊へのプロセスを歩み始めたことや、ジョン・レノンという今も尚愛され続けるミュージシャンが死んだことや、ソ連というある意味で“特殊な”国家体制が終わりを宣言したことを、事実として真正面から受け入れた上で、何を知るべきなのかということである。
今はまだ具体的なことはいえない。
しかし今後もずっと考え続けていきたいことではある。
「盛者必衰」などという言葉では片付けたくない。というか、そんな言葉は不適切かついい加減過ぎる。
「運命」とか「宿命」という抽象的な表現に騙されること無く、はっきりと物事を認識できる視野を持ちたいと再確認した十二月八日。今頃になってSonic Youthの新作「Rather Ripped」を聴いた日でもあります。遅ーよ。