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2006年08月17日 曖昧であってこそ…

Terminall Loveピーター・アイヴァースの「Terminal Love」。
この人の歌は、おそらく気持ち良いものではない。
彼の歌声は、聴き手を感傷的にさせ、何かモヤモヤした想いを想起させるからだ。


そもそもピーター・アイヴァース自身が、あまりにも現代の主流とはかけ離れているように思える。
だからこそ、というべきか……彼の歌声には、特別なモノが含まれているのだ。


ピーター・アイヴァースの歌に救いはない。彼は誰かの代弁者ではないだろう。
しかし、彼の声には不思議な優しさがある。
この優しさが、私の感じる「特別なモノ」の一つで、それは世俗的な色を帯びているようにも思えるのだ。
しかし、ピーター・アイヴァースそのものは世俗的ではないヒトだ。
何か矛盾している?曖昧?


そこがピーター・アイヴァースの魅力なのだと思う。だから私もわざと曖昧なことを書いてみた。
彼の歌から受ける印象は、常に形を変え続けて曖昧である。
それ故、感傷的にさせ、モヤモヤさせるのではないだろうか。
意味が分からん?それこそが彼の本質かもしれない。


ピーター・アイヴァースの歌には、優しさと悲しみが同居している。
聴く時の気持ちによって、そのどちらかが強く全面に現れてくる。
時と場合によって、様態を変えるという意味でも、彼の歌は曖昧であるといえる。
まるで雲のようなモヤモヤ具合なのである。

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