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2006年08月19日 桃月に思ふ

Pink Moon素朴なもの程その奥に潜んでいる潜在的なモノは凄まじい。
例えば、茶の湯や龍安寺石庭のような日本庭園などはその最たる例ある。
現在では、それらのものの奥に秘められた意義を、日本人でさえ理解し難くなっていやしないだろうか。
そうした有り様ゆえに、外国人に素朴な日本文化を理解させることは、相当困難なことに違いない。


音楽においても同様のことが言えるはずで、例えばこのニック・ドレイク。
彼の音楽はあまりにシンプルだが、その奥は限りなく深い。
ギターと歌だけで、ここまで感情をざわつかせることができるだろうか。
あまりに純朴で、あまりに繊細で、あまりに陰鬱で、あまりに静かで、あまりに寂しい。
彼が歌に込めた思いの程を正確に推し量ることは、本人以外には不可能なのではあるまいか。


彼の遺作となったこの「Pink Moon」は、特に悲壮的な雰囲気に満ちていて、どうしようもない閉塞感に支配されている。
しかし、ここにある彼の歌は、嘘ではない。そのことが肌にしみ入ってくるから、私はニック・ドレイクを信じられるような気がするのだ。


冒頭に記した素朴なものに宿る潜在的なモノは、視覚や聴覚で意識的に捉えようとしても無理なのかもしれない。
もしそこに本物の何かが存在しているなら、こちら側が求めずとも、意識の中に侵入してくるのではなかろうか。
ニック・ドレイクの歌は、無意識のうちに聞き手の感情を支配する。それに身を任せるだけで良いではないか。ニック・ドレイクの歌と向き合う方法はそうする以外にないのだろうから。

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